情報の海の漂流者

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体調不良を訴える被災者を【放射脳】だと揶揄する風潮について

原発事故関連の被災者が体調不良を訴えた時に、「その程度の被曝でそんな症状は起こらない。それはデマもしくは君の妄想だ」と返すような光景がしばしば見られます。
その結果、被害を訴えた人が「放射能で脳みそがやられてしまった(放射能)」などと言って笑いものにされるということもあります。
しかしそれがストレスや環境の悪化によって発生しうるものならば、被曝が一切関係なくても、症状が出てしまう、ということは充分にありえます。

(被災)ストレスによって現れる症状

という本があります。
ストレス関連の書籍の著者は精神科医や臨床心理士の場合が多いのですが、この本は執筆陣の中に工学畑の人が入っていて、唾液を測定することでストレスの可視化をしようという試みなど他のストレス関係の本とはちょっと違ったアプローチがされているのが特徴です。
この本の巻末付表にストレスによって現れる症状の一覧があります。

ここに出てくるような症状は例え放射能の影響が一切無くても被災ストレスによって生じうるものです。
こういうものを訴えている人に「それはデマもしくは君の妄想だ」などと言ってしまうのは被災ストレスというものを考慮していない点で大変問題が多いと思われます。

被災後にみられる具体的な症状

という本のp54に災害直後に発生するショック症状についての記載があります

痙攣 緊張 睡眠障害 悪夢 ぼんやりしてしまう 突然の騒音や振動による驚き(トラックが道路を横切ったりする音に驚く)一人ごっちになる不安 家族に対する心配 物忘れ 小さなケガをする 涙もろい 無関心になる 高い橋や高速道路が怖いため避ける 普段より早口でしゃべる 不安傾向 怒りっぽい、イライラする 初期の災害の情景を再体験する 恐れていることが起きそうだなと考える 誰からも援助されていないと感じる 自分が生き残っていることに罪の意識を墓終える

ノルウェーで起きた塗装工場の爆発・火災事故の場合救助された人の90%以上が救助後5時間以内にこのような不安反応を示したそうです。
通常の自然災害の場合はこうした急性症状は一ヶ月位たつと急速に収まっていき、被災経験が元にPTSDになってしまう人は極一部と言われています。
例えば 和田秀樹著震災トラウマ (amazon) ではアメリカのDSM改訂の際の調査や阪神大震災16ヶ月後に行われた企業職員で被災地居住者を対象とした調査の結果を元に PTSDの発症率は3〜5%位だという数字を出しています。
しかし、前回紹介した地震ダメージと心血管死亡の関係についてのグラフの様に個々人の受けた被害規模によってストレスや負荷の強さは変わってくるという研究もあり、3〜5%という数字を全ての災害に当てはめて良いかは疑問が残ります。
例えば前出『心のケアと災害心理学』では北海道南西沖地震、浦河沖地震、三宅島噴火災害等の調査報告を比較して、同じ自然災害でも被害規模の違いによって被災体験が精神健康に及ぼす影響に大きな違いが出ることを示しています

浦河沖地震(1982年 身体的変調を訴える超えは地震後一ヶ月が経過すると急激に現象し、身体的変調の訴えは6% 精神的ストレスの訴えは10%に
三宅島雄山噴火(1983年) 災害一年九ヶ月後に実施された調査報告では身体的ストレスを訴える声は疲れやすいの32%を筆頭に肩がこる21%等、それに対して心理的ストレスを訴える声は10%程度
北海道南西沖地震 約一年後の調査によると、心身の不安を訴える声が74〜53% 心理的ストレスに関しては「深刻なうつ状態」だけで10%近く

著者は北海道南西沖地震においては"奥尻島青苗地区の人々の暮らしが一瞬にして消滅し、地域社会が完全に崩壊"し、この地区だけで死者行方不明者が107人にのぼったのにたいして、浦河沖地震や三宅島噴火火災災害では死者が出ていないことを指摘し、被害の大きさにより被災ストレスに違いが出てくることを示唆しています。
また、-子どもを守るもう一人の母たち―保母の調査から - 研究室 において、一つの災害の被災者同士でも 被害の大きさによって被災ストレスの差が生じることを示唆するデータを出しています。
(この調査においては被害が全損・半壊・一部損壊の人は7割以上がハイリスク者となっているのに対して、被害なしの人は37%となっている)


今回の東日本大震災は通常の災害に比べて被害規模や地域コミュニティーへのダメージが大きいため、通常より高い頻度でPTSD等が出てくる可能性は否定できないのではないかと思われます。

震災と原発事故との二重被災という概念

通常の災害の場合、最初に心がばらばらになるような大きなショックを受けますが、その後は生命の安全が確保され、時と共に心身の傷が癒されていくという形を取ります。しかし今回のように原発事故が絡んできた場合は「被曝による健康不安」により、自分が安全なところにいるという実感を持つことが困難であるという特徴があります。
また、強い地震が長期間続いたため、「原発にこれ以上被害が出たらどうしよう」という強い恐怖を余震の度に何度も感じてしまうわけです。
一つのトラウマ的出来事が経緯で心がダメージを受けるというよりも、長期間・連続的なトラウマ的出来事により心がダメージを受けている形です。
コツコツコツコツとボディーブローのようにダメージを受け続けているわけですね。
虐待やDV、いじめといったものが原因で発生する 複雑性PTSD (Wikipedia) に近い状態です。
この手の長期的な外傷が原因で起きるストレス障害は、通常のPTSDに比べて慢性化しやすく、身体的症状も出やすいと言われています。
こういうことを考えていくと、災害関連死・災害関連疾患というものに加えて、原発事故関連死・原発事故関連疾患というものも起こりうるわけです。


今回の震災の被災者の中には震災と原発事故の二重被災をしている方もいて、両方の影響を強く受けている場合もあります。
体調不良を訴える被災者個人を安易に放射脳呼ばわりする行為は、そうした人たちの心にクリティカルなダメージを与えかねず、全くおすすめできないと僕は思うわけです。

参考資料一覧(前回と合わせて)

書籍

前エントリーで推薦文を引用した。

データの引用及び複雑性PTSDの概念の確認の為に参照した。新書であり読者に専門知識がないことを前提として書かれているので分かりやすい。

図表を引用した

case 12 子どものPTSDと薬物療法 及び CASE14 こどもへのTF-CBT を参照した

p27"災害による「四重苦」"という体験談を参考にした。

PTSD及び災害躁病という概念について参照した

阪神大震災以降の大規模災害被災者に対するこころのケアのあり方の変化について参照した

  • 『災害時における児童および青少年の精神保健支援のあり方に関する研究』

阪神大震災半年後に行われた神戸大学附属小学校での保護者アンケートがほぼ生データに近い形で収録されており、具体的な症状について参考にした。

辞書・辞典類

平凡社日本大百科「心不全」「心筋梗塞」「ストレス」

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